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熱帯雨林のどうぶつたち
Vol.5 ヒゲイノシシ

2011.4.24

ボルネオ島に棲むイノシシはヒゲイノシシという種類です。全体は、日本でも良く知られたイノシシに似ています。違うところは顔の部分です。下あごには長い髭が生え、鼻の先端と目の中間に、左右一対の肉丘があります。この盛り上がった皮膚も髭で覆われており、顔全体がいかつく見えます。頭から尻までの長さが1~1.5メートル。体重は60~100キログラム、太っている時は100キログラムを超えます。

落下したビワモドキの花や果実を食べている

落下したビワモドキの花や果実を食べている

ヒゲイノシシはマレーシア半島、スマトラ、フィリピンなどに分布し、ボルネオでは全島に分布、さまざまなタイプの森でもっとも普通に見ることができる蹄をもった動物です。これまでキナバル山の標高2450メートルが分布の限界でしたが、最近では標高3300メートルのレストハウス周辺でも確認されています。ゴミの管理はしっかりやっていると言いますが、やはり、ゴミや登山者の食べ残しなどを求めて登ってきたのでしょう。

ヨーロッパから日本にかけて広く分布するイノシシ(タイリクイノシシ)とは別種で、ボルネオにはヒゲイノシシ1種類だけですが、マレーシア半島では両種の分布が重なっています。

大人オスは、ふつう単独で行動していますが、母と仔は群れで生活しています。かつては50頭から成る群れが観察されたようです。現在は10頭前後、私が数えた最大の群れも20頭でした。

食べ物は、あるものなら何でも、といった感じです。落下した果実や種子、竹の子、若い草や木の茎や根、地中にいるミミズや昆虫類、カエルやヘビも食べています。

安全だと分かると日中でも森から出てくる

安全だと分かると日中でも森から出てくる

イスラム教徒にとってイノシシ(ブタも同様)は不浄な動物で、食べることも捕獲もしません。一方、先住民であるダヤク諸族は、一番の動物タンパク源をイノシシに頼ってきました。狩猟方法は地方によって異なります。サバ州では今は銃を使い、数人がグループを組んで頻繁に狩猟に出かけます。カリマンタンの奥地では、伝統的な猟が行われています。数頭のイヌを使ってイノシシを大きな木の根元や崖に追い詰めて、槍で突き刺す方法です。気が向いたときや必要に応じて行う猟で、ふだんは畑周辺に罠を掛けてイノシシを捕らえています。いわば、イネを守るという防御的な手段です。

この他、実がなる木に登りサルの鳴き真似をして、イノシシをおびき寄せる猟もあるそうです。やってきたイノシシを周囲に潜んでいた仲間が槍で突くのです。私は見たわけではありません。猟師に聞き、本で読んだだけですが、オランウータンがいる木の下で、おこぼれを待つヒゲイノシシを見たとき、そういった猟もあるのだなと納得しました。

夜間、山中で遭遇

夜間、山中で遭遇

さらにすごい猟があります。川でイノシシを狩るのです。奥地の大きな川や支流で行うのですが、1年に2度、イノシシが川を渡って大移動をする時期があるそうです。1回目は陸稲の収穫が終わった3月頃です。場所は川幅が広くまっすぐな所と限られています。流れが多少とも緩やかになるのです。さらに、渡る方向が決まっており、これは食物と繁殖に関係があると思われます。

舟を雇い、マハカム川源流を旅した時のことです。舟には船頭と助手が一緒でした。各所でイノシシ待ちの小舟に会いました。各舟に二人か三人、50~200メートルの間隔で、木や草でカムフラージュしたり、岸に下りて身を低くしています。その列は長い所では2キロメートルに及びました。イノシシが川に入り、真ん中まで泳いで来た時、エンジンをかけ群れに突進し、槍で突くのです。すれ違うボートにも今日の収獲、たいてい1頭が積まれていました。平均して2日に1頭が捕れるそうです。

各所で泳ぎ渡ったばかりのイノシシを見ました。そして、とうとう渡渉中の群れに会いました。5頭です。いきなり、焼き玉エンジンがうなりました。「捕ろう」という合図でしょうか、でも、槍はなく山刀だけです。急流の中で舟は何度も転覆しそうになります。私は振り落とされまいと身構え、水からカメラを守るのがやっとです。イノシシはのろい。精いっぱいの力で泳いでいる。「逃げてくれ、逃げてくれ」。私は、唯々、祈るだけでした。血を見たくはないのです。

舟がイノシシの群れに突っ込み、助手が山刀で一撃を加えました。背中がパクッと開き、腸がゴム風船のように飛び出しました。一瞬、川が鮮血に染まりましたが、急流はアッというまに死体を運び去っていきました。

私は日本政府とサバ州公園局からの要請を受け2009年11月から1年間、クロッカー山脈公園の一地域におけるヒゲイノシシの調査を行いました。数と密度を割り出し、狩猟圧の影響を判断することが目的です。ヒゲイノシシは本来どんなタイプの森にも棲息し、1回の出産で8頭前後を産みます。ですから、そう簡単には絶滅しないと考えられる動物です。ところが、森林が著しく減った今、ヒゲイノシシは保護林や国立公園でしか見られなくなりました。そして、その公園内で銃を使った密猟が行われているのです。しかも、村人の自家消費用の猟だけでなく、町からやってきた人による娯楽としての狩猟もあります。私の調査結果をもとに、公園内での狩猟を一切禁止するか、部分的に認めるか、これは公園局が決めることですが、森林がどこまでも続き、イノシシが捕りきれないほどいた昔とは違うのです。狩猟に実効性のある規制を課さなければいけないということでしょう。

和名/ヒゲイノシシ
学名/Sus barbatus
英名/Bearded Pig

 


 

 

著者プロフィール

安間 繁樹(やすま・しげき)

東京大学大学院博士課程修了。農学博士(哺乳動物生態学専攻)。
世界自然保護連合種保存委員会(IUCN・SSC)ネコ専門家グループ委員。熱帯野鼠対策委員会常任委員。公益財団法人平岡環境科学研究所評議員。2004年 市川市民文化ユネスコ賞受賞。
若い頃から琉球列島に関心を持ち、とくにイリオモテヤマネコの生態研究を最初に手がけ、成果をあげた。1985年からは、おもに国際協力機構(JICA)海外派遣専門家として、ボルネオ島で調査および研究指導に携わってきた。西表島とボルネオ島に関し、あるがままの自然と人々の営みを記録すべく歩き続けている。
著書 西表島および琉球列島関係
『ネイチャーツアー西表島』(東海大学出版会)、『西表島自然誌』(晶文社)、『石垣島自然誌』(晶文社)など
ボルネオ島関係
『キナバル山 ボルネオに生きる自然と人と』(東海大学出版会)、『ボルネオ島最奥地をゆく』(晶文社)、『ボルネオ島アニマル・ウォッチングガイド』(文一総合出版)など多数

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